これまで、大きく3つの切り口で研究を進めてきました。
(1)大規模災害についての歴史的考察
その対象の中心には3.11において震災・原発事故を経験した被災地・福島があり、例えば、福島への原発立地の経緯と3.11に至るまでの人々の心理や社会構造、そこに見られる中央―地方関係の日本近代化への位置づけを追い、地域と科学技術・環境・メディア等様々な領域が交差する地点の変遷を追いました。他にも、交通(東京と福島・浜通りとをつなぐ線路・常磐線の上で繰り広げられた戦前から戦後に至る産業構造の転換や地域開発の歴史)、スポーツ(1997年に開設され日韓ワールドカップ等を経て3.11後は原発復旧の最前線基地となったサッカーナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」とそれを取り巻く人々と地域社会の歩み)など、より広く領域を横断しながら、3.11後はもちろん、それ以前からの福島と日本社会、そこに生きた人々の心理を理解する上で不可欠な歴史的背景を探求してきました。
(2)被災地・被災者が抱える課題の抽出とそのメカニズムの解明を目指した学際的研究
例えば、『はじめての福島学』(イースト・プレス)とそれを引き継ぐ研究の中では、人口、農林水産業、観光、復興政策、雇用、家族、イノベーションといった分野を横断しながら、定量的分析を組み合わせ、大規模災害後の福島の実態を考察しました。この中では、地域の課題を抽出し、リスク認識の差、誤解・誤情報等の中で発生する経済的損失や認知バイアスに着目し、SNSの急速な普及等メディア環境の変化を背景として増幅するステレオタイプやエコーチェンバーといった現象を、災害と情報と社会・心理の結節点に存在する問題として検討してきました。
また、編者をつとめた『福島第一原発廃炉図鑑』(太田出版)では福島第一原発の廃炉という一見、自然科学・工学的な対象を、社会科学的対象として見つめ直し、そこで働く人々、関わる研究者、政治・行政、周辺地域の復興に関わる住民や外国人、廃炉を描いた漫画やメディア上の情報といった多様なアクター・資料の実状を分析しました。
(3)貧困や情報化、グローバル化といったテーマを横断しながらの現代社会論
『漂白される社会』(ダイヤモンド社)ではジョック・ヤングの「過剰包摂」論などを参照しながら繁華街や若者が集うシェアハウスなどを対象とした分析を進めました。また『日本の盲点』(PHP研究所)では政治・経済・文化的なより広範な対象について、中道・知識・外部をキーワードに分析を進めました。
いずれにも共通するのが、フィールド研究を軸においていることです。これはいわゆるフィールドワークはもちろんですが、フィールドを立体的に見たり、かつてそこに存在したもの、これから存在しうるものを想像したりするための歴史的、質的・量的分析を組み合わせた方法論と言えます。
私自身は大学院生として社会学や社会情報学、メディア論に軸足を置きながら学びました。当時から、地域・科学技術・メディア・環境・社会運動・歴史といった多領域が交差する部分を研究してはいました。ただ、大学教員として働くようになってからは、さらに”多領域化”が進みました。社会心理学、政治学、経済学、教育学、あるいは、工学や医学などが扱う分野に隣接し、時に越境しながら研究を進めてきた経緯があります。これは、大規模災害・複合災害である3.11を研究対象として深める過程の中で必然的に生じた帰結であり、当初は全く想像していなかった偶然の産物でもありました。目の前に現れた複雑な対象、既存の枠組みを援用するだけでは解けそうにない難題に対して、学際的に向き合うことの価値について、実践的に志向・思考してくることになりました。